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学校の中の非日常な場
友人関係の悩みや先生からの叱責で泣きながら駆け込んでくる子。
時には教室での過呼吸や体調不良による緊急要請もあります。
いつ何が起きるか分からないその空間は、まるで病院のようでした。
自傷であれ負傷であれ、処置の本質は同じです。
「痛そうだね、大丈夫?」と声をかけ、患部を手当しながらその痛みに寄り添うこと。
評価や「こころの問題」という枠組みを一度横に置き、「いま、この子に何が起きているのだろう?」と純粋に関心を向ける姿勢が求められます。
思春期は心と身体の成長スピードのギャップに悩み、イライラやモヤモヤを抱えやすい時期です。
自分の心の状態を説明するのは難しくても、身体の不調なら答えやすいもの。
自分の身体に関心を持ち、体が発するサインに気づく練習は、これからを生きる子どもたちにとって大切なプロセスになります。
外からは見えない家庭内の苦しみを抱え、日常的に緊張を強いられている子どもたちも少なくありません。
だからこそ私は、以下のような場所を作りたいと考えていました。
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評価されることなく、自分の身体の緊張や力の抜け感に気づける場所
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愚痴を言っても、泣いても、怒っても、ただぼーっとしていても許される場所
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誰かと無理に繋がらなくても、そこに誰かがいるだけで安心して一人になれる場所
子どもを育てる営みは、同時に自分自身を知り、育てる経験でもあります。
日常の緊張をほどき、「ただそこにいていい」と感じられる安全な場所があるからこそ、子どもたちは自分の感覚を取り戻して教室へ戻っていくことができます。
更新日2026.8.19
もぐもぐ ごっくん
知りたいことや気になることがあれば、今は検索ひとつで一瞬にして情報が手に入る時代です。
手間もかからず、欲しい答えがすぐに見つかる便利さがあります。
しかし、誰かの意見やネットの情報をそのまま「鵜呑み」にしていると、どこか胸のあたりに消化不良のようなモヤモヤが残り続けることがあります。
それは、その情報がどれほど正しく見えても、あくまで「他者の体験や主観」に過ぎないからです。
心理療法の一つである「ゲシュタルト療法」では、他者の価値観や情報をそのまま受け入れてしまうことを「丸呑み(取り込み)」と呼びます。
食べ物に例えるなら、噛まずに「ごっくん」と飲み込んでしまうようなもの。
外界から取り込んだものを本当に自分の栄養や活力に変えるためには、まず自分の歯で「もぐもぐ」と噛み砕くプロセスが必要です。
噛むことで味をたしかめ、自分に必要なものと不要なものを分け、唾液と混ぜ合わせてはじめて、身体はそれをスムーズに消化できるようになります。
「本当にそうだろうか?」と疑問を持つこと。
自分で調べて、実際に身をもって体験してみること。
時間や手間がかかったとしても、自分の五感を通して噛み砕き、腑に落とした体験だけが、あなたを支える本物の力になります。
身体の感覚を取り戻し、あなた自身の口でしっかり噛み砕く体験を、ここからはじめてみませんか?
更新日2026.8.20
開かれた場
似たような悩みや苦しみを持つ人達が集まる自助グループや、依存症からの回復を目指すプログラムには「ミーティング」と呼ばれるものがあります。テーマに沿って一人ひとりが仲間に語りかける場です。そこには「他者の発言に批判はしない」「言いっ放し、聞きっぱなし」という大切なルールがあります。
数年前、私はスタッフの一員として参加していました。当初は「ただ語るだけで何か変わるのだろうか?」と疑問を抱いていた部分もありました。毎回淡々と繰り返される話に、退屈やもどかしさ、緊張や動揺を感じながらも、ただじっと耳を傾け続けていました。
しかし、続けるうちにその淡々とした場の中に不思議な力を感じるようになりました。それは静かな一体感と、心地よい安心感でした。
今思えば、あれはまさに「解釈や判断、評価を脇に置いた場」だったのです。
語る者も聞く者も気負わず、何を言っても大丈夫な安全な場所。反論も同意の押し付けもなく、存在そのものが尊重されることで、深い癒やしが生まれていました。
「何者かになるのを止め、あるがままに」「“すること”から、“在る”へ」
当ルームでは、そのような「開かれた場の力」を信頼したセラピーを行っています。
ひとりで抱え込まず、まずは静かな空間でお話してみませんか?
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更新日 2026.8.17
さよなら そして
そう言われても、素直に動くことに抵抗を感じる人は多いのではないでしょうか。
「こんなことをするのは、ただのわがままじゃないか?」
「これまで築いてきたものや、大切なものを失ってしまうのでは?」
「世間一般の『普通』から外れてしまうのではないか?」
「何が正しいのか?」と考え始めた瞬間、私たちは無意識に自分を守ろうとする防衛本能が働きます。
けれど・・・ふとした瞬間に湧き上がる、小さな違和感やモヤモヤとした思いはありませんか?
忙しない日々に追われるうちにその疑問はいつの間にか打ち消されてしまいますが、感情は消えたわけではありません。
しかし、先行きの見えない現代において、どこかに絶対的な「安全」や「安心」が保障されているわけでもありません。
明日も今日と同じように生きられる保証など、誰にもないのです。
自分の外側に原因や答えを求めている限り、心の苦しみが終わることはありません。
もしそのことに気づいたのなら、根拠や基準を自分の「外」に探すのを、一度やめてみませんか。
多くの人は、自分の本当の欲求を知り、それを信頼することを怖がります。
けれど本当は、答えは常に自分の中にあり、それこそが一番確かなものだと分かっているはずです。
自分自身の本音に近づくプロセスは、決して孤独な作業にする必要はありません。
自分の思いや感情を無理に加工したり、偽ったりする必要のない場所。
更新日 2026.8.17
かくれんぼ
家事や子育て、介護などに追われる毎日。
「どうして私ばかり?」「私だって疲れているのに、誰もこの大変さを分かってくれない……」と、不満やイライラが募ってしまうことはありませんか?
そうした悩みの背景には、「言わなくても私の思いを察してほしい」「分かってくれて当たり前」という、相手への強い期待や「私と他者の境界」のあいまいさが隠れていることがあります。
では、なぜ素直に「助けて」「手伝って」と伝えられないのでしょうか。
「どうせ言っても無理」「否定されるのが怖い」といった、言葉にできない不安や諦め、罪悪感が邪魔をしているのかもしれません。
助けを求めたいのに素直になれず、一人で我慢してしまう——。
そこには、過去に傷ついた経験から自分を守ろうとする「愛されたい思い」と「怖さからの回避行動」が交錯しています。
心理セラピーは、まるで「かくれんぼ」のようです。
あなたの心の奥深くには、傷ついて息をひそめている「小さな子ども」が隠れています。
中には、鬼の声すら届かない遠い場所で、じっと耐えている子もいるかもしれません。
無理に探し出す必要はありません。
大切なのは、そっと気配を感じ取り、「そこにいるんだね」と置き去りにせず寄り添うことです。
これまで懸命に生きてきたあなた自身が、自分の内なる声に寄り添う時間。
その尊いプロセスに、温かく寄り添っていければと願っています。
更新日 2026.8.19




