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2022-01-26 12:30:00

学校の中の非日常な場

 

「保健室は生徒の駆け込み寺だね」
以前、ある先生がそう言っていました。

本来の保健室は、ケガや体調不良の時に利用する場所です。
しかし、実際に養護教諭として現場に立つと、そこには日頃から慢性的な不調を訴える子どもたちが次々と訪れていました。

発熱や明確な症状がない「不定愁訴」。
友人関係の悩みや先生からの叱責で泣きながら駆け込んでくる子。
時には教室での過呼吸や体調不良による緊急要請もあります。
いつ何が起きるか分からないその空間は、まるで病院のようでした。


自傷であれ負傷であれ、処置の本質は同じです。
「痛そうだね、大丈夫?」と声をかけ、患部を手当しながらその痛みに寄り添うこと。
評価や「こころの問題」という枠組みを一度横に置き、「いま、この子に何が起きているのだろう?」と純粋に関心を向ける姿勢が求められます。


思春期は心と身体の成長スピードのギャップに悩み、イライラやモヤモヤを抱えやすい時期です。
自分の心の状態を説明するのは難しくても、身体の不調なら答えやすいもの。
自分の身体に関心を持ち、体が発するサインに気づく練習は、これからを生きる子どもたちにとって大切なプロセスになります。


外からは見えない家庭内の苦しみを抱え、日常的に緊張を強いられている子どもたちも少なくありません。
だからこそ私は、以下のような場所を作りたいと考えていました。

  • 評価されることなく、自分の身体の緊張や力の抜け感に気づける場所
  • 愚痴を言っても、泣いても、怒っても、ただぼーっとしていても許される場所
  • 誰かと無理に繋がらなくても、そこに誰かがいるだけで安心して一人になれる場所
養護教諭には、生徒の安心感を守るだけでなく、先生方や外部機関との連携を果たすコーディネーターとしての役割も求められます。
子どもを育てる営みは、同時に自分自身を知り、育てる経験でもあります。


日常の緊張をほどき、「ただそこにいていい」と感じられる安全な場所があるからこそ、子どもたちは自分の感覚を取り戻して教室へ戻っていくことができます。

そしてそれは、大人になった私たちにとっても、同じように必要な場所なのかもしれません。 

 

更新日2026.8.19

 日常の中の非日常