<愛される女性、モテ女になるには>
<女性は、愛するより愛された方が幸せ>
そんなことを目にする機会ありませんか?
私は<愛される>のも<愛する>のも、どちらも幸せだと思います。
愛し愛される関係なら更に幸せですけどね。
そこで、
そもそも<愛される>って、どういう事か?考えてみました。
まず、自分に関心を持ってもらい、
更に自分の価値を認めてもらい、
大事にしてもらえる事でしょうか・・・
他に、○○されるという言葉からイメージすると、
相手からもらう事が前提なので、受け身で依存的な状態ともいえるかな?
もらう事が愛される評価基準になると、
相手から、もらえてないと感じた途端に、
愛情を計るものがなくなり、
不安になったり怒りを感じやすくなるかもしれません。
でも、相手の言動で愛情を計るって、
落ち着かないし疲れるし、
そもそも、どこまでしてもらったら満足するんだろう??
<愛されたい>欲求は、これでいいという事がなく、
もっと、もっと・・と際限ないもののようです。
更に、相手から愛されていたとしても、
自分に愛情を受け入れる器がないと満たされることがないから、
逆に苦しくなると感じます。
では「愛したい」はどうでしょう?
○○したいというのは、自ら望むことなので自立のポジション。
自ら望んでした事を、相手が喜んでくれて、
それを感じて更に自分も嬉しいから、2倍嬉しいという状態。
これって楽しそう!!
何より自分が主体なので、無理をすることがなさそうです。
~ここで、気づく事があります。~
自分に関心を持ってもらい、更に自分の価値を認めてもらい、
大事にしてもらえる事が<愛される>事だとします。
でも、たとえ相手から愛されても、
自分に愛情を受け入れる器がなく満たされないとしたら・・
どうでしょう?
<愛されたい>前に、
自分自身を愛してあげる事が、必要ではないでしょうか?
それは、自分に関心を持つことから始まります。
相手に求めてばかりいる自分に気づく、
受け取ることができない自分に気づくことです。
あなたの内で何が起こっているのでしょうか?
そこを丁寧に扱い、続けていくことで、
相手に過剰に愛を求める必要もなくなっていくでしょう。
それは、
依存から自立へシフトした先にある、
自ら<愛したい><愛してみたい>という、
新しい世界の始まりなのです。
女性は、もともと「受け取る」という、素晴らしいプレゼントを与えられています。
身体的にも、女性は「受け取る」男性は「与える」という構造上の違いがあります.
男女の違いは、もともと性質の異なるものなのですね.
実際に、女性は、パートナーから愛されていないのでは?と感じることが多いようです.
受け取ることが下手だと、愛されていても、それに気づけないので、もっと愛してほしい
という欲求が、加速することになります.
受け取るのが苦手な方は,
自分の力で、何とかしようと頑張ってきた人、とも言えるでしょう。
だから、他者に、助けを求めたり、甘える事が苦手かもしれません。
幼少時から、親が忙しく、甘える事ができなかったり、人に迷惑をかけてはいけないと、
自立ポジションでいる事を求められ、本音を言えなかったり、
自分が助ける役に回る事で、家族をまとめていたり。
実際に、SOSを出しても、相手にされなかったり、怒られたり・・・
様々な経験の中で、思いは、ひっそりと、心の奥に追いやられたのかもしれません。
相手からしてもらったことを素直に受け取れない、喜べない根底には無価値観があります。
こんな私はダメだから・・・という思いです。
それは反面、相手の困りごとには敏感で、相手の問題を、そのまま引き受けたり、
Noと、はっきり断る事ができなかったりと、他者ペースに巻き込まれやすくなります。
そして、与える事ばかりが当たり前になると、
次第に、与えられない自分を責めたり嘆いたりもします。
苦しさを自分で作っていく状態です
受けとる、与える。
これは、キャッチボールのようなもので、どちらが大きいからいい、というものでもありません。
他者に与える事は素晴らしいことである、と思われがちですが、
与える事で得られる喜びは、相手が、それに反応してくれなかったとしても、
それをする自分が好きだから、また与えたくなる。
これが本当の喜びでしょう。
そこには、無理はありません。
他者の反応を見て、自分を評価するという駆け引きが、苦しさを生み出します。
~受け取るには練習が必要です~
意識して真剣に、まっすぐ受け取りましょう。
してもらったこと、言われたことを、そのまま受け取る。
手伝ってくれたことに「ありがとう」と言う。
褒めてもらったことに「ありがとう」と言う。
そこには判断や解釈は必要ありません。
それは、相手の存在そのものを受け取ることに、繋がっています。
相手も、受け取ってもらえる安心感と満足で、また与えたくなります。
受け取ることは、相手の愛を受け取ることなのです。
どんなに些細な事でも「ありがとう」って受け取ってみる。
愛を受ける喜びを自分に許すと、女性としての器が満たされていきます。
それは、同時に、相手を包み込むという力を発揮してもいるのです。
傷ついた女性たちが、愛を受け取ることを自分に許すことで、
「愛されたい」から「愛してみたい」という次のステージが現れてくると感じます。
恋愛がうまくいかないと感じる方や、
相手との関係性が、深まれば深まるほど苦しくなる、と感じる方に気づいて欲しいことがあります.
大好きな人だからこそ、自分だけを見て欲しいし、関心を持ち続けて欲しいし、
自分の思う通りに愛されたい、と願うのは人間の持つ欲求だと思います。
でも、それが強くなりすぎると人は、苦しくなります。
嫌な感情ばかりが大きくなると、自分を愛してくれる、理解してくれる相手だと思ったのに、
逆に自分を振り回して苦しめる、悪者のように感じてきたりして・・・
何だか訳が、わからなくなりますよね。笑
そんな時は、相手に求めてばかりの自分に気づく事です。
自分の思う通りに愛されたい、という欲求は誰にもありますが、この「思う通り」というのが曲者です。
だって、テレパシーでもない限り、自分の気持ちや欲求は相手には伝わりません。
相手に伝える事をしないのに、わかってもらいたいなんて・・・
そもそも、あなたは、相手に何をわかってほしいのでしょう?
私が、こんなに苦しんでるのに?こんなに好きなのに?不安で仕方ないのに?
それは、赤ちゃんの欲求に似ていると感じます。
赤ちゃんは言葉を発することができないので、欲求や不快を泣くことで伝えます。
自分では、どうすることもできないので、助けてほしい!してほしい!事を、
ぐずったり泣くことで伝え、安心や快を得ようとします。
あなたが、ぐずったり、泣いたり、怒りをぶつける時は、どんな時でしょう?
苦しくて、悲しくて、辛くなる時、私の何に気づいてほしいのですか?どうしてほしいのでしょう?
あなたに何が起こっているのでしょうか?
自分の苦しさに気づくのは、とても辛いことでもあります。
無意識にしまわれた、自分の過去からやってくるものでもあるからです。
でも、それは、あなたの一部。
ずっとあなたを守ってきたものでもあるのです。
だから、敵ではないのです。
「私をわかってくれない」という相手から受ける苦しみは、
あなたが、あなたに気づいて欲しいサインなのです。
あなたが繰り返してきた、その方法を、そろそろ手放す時がやってきているのかもしれません。
そこに触れていくためには、日常生活から少し離れた時間、安心できる場や人が必要になります。
私は、セラピーを通して、そのお手伝いをさせていただけることを願っています。
まだ見ぬ自由なあなたに出会うための第1歩、始めてみませんか?