安全な対話
今が辛くても、不安でも最後に救ってあげられる人は、あなたです。
自分の中には色んな自分がいます。
ダメと感じる自分もいれば、気にいっている自分もいる。
色んな自分が、その時の状況や環境で現れてくるかもしれません。
一見、矛盾しているような相反する思いを抱いていることだってあります。
例えば・・・
結婚したい!と思っているけれど、自ら結婚を遠ざけてしまう言動をしてしまうなど、
無意識にある自分の恐れや不安が、そうさせることがあります。
幸せになりたいはずなのに、気づけば、いつも同じようなパターンを繰り返して失敗してしまう。
これらは一見、矛盾していますが、不利な行動パターンをとってまで愛情を確認したいという思い。
過去、得ようとして得られなかった経験、また得ようとすることが生命の危機に繋がったという辛い経験、
愛着トラウマに関連しているかもしれません。
いずれも矛盾した、その方法で自分を守ってきた(生き残ってきた)とも言えるでしょう。
自分の中にある幾つもの自分は、あなたを幸せにしたくてやってくる気持ちです。
ただ、内なる様々な自分に気づくことは、楽なことではないかもしれません。
気づきは決していい感覚だけをもたらすものではないからです。
ですから、安全な感覚を自分の内に育てる練習がまず必要になります。
危険を過剰に察知し、作動する警報機の感度が緩やかになっていくために、
普段から、あなたが危険を感じることのない場所で、少しでも気持ちのいい感じ、
少しはいいかなという感覚をイメージでもいいので作り出すこと。
それを身体のどこで感じているか?また、それを少しずつ身体全体に拡げていく練習。
そして、いまこの瞬間に起こるありのままの体験に触れる力、気づきの筋肉をつける練習をします。
わたしはいま○○に気づいているな・・・
自分の身体でいま体験していること。
それは、呼吸であったり、地に着く感覚であったり、五感を使って今、行っている動作を丁寧に行ってみることであったり。
(生活を禅の修行と捉える生活禅をお手本に。)
良いも悪いもなく、いまをどのように体験しているか?ありのままを認め受け入れていく練習です。
それには、わたしとあなたの距離に配慮し、あなたの世界を否定することなく、
それはこういうこと?と、共に体験しようとする姿勢で関わってくれる人や場が必要です。
あなたが危険を察知した時に、安全な場に引き戻すサポートをしてくれる頼もしい存在であるかも大切です。
これらは、最初は、カウンセラーやセラピストから得られるものですが、実は、自分の内に既に在るものなのです。
カウンセリングセラピーKIZASHIでは、カウンセリングやワークを通して、本来持つ自然治癒力、生命力を取り戻し、
あなたの物語を紡ぐお手伝いをさせていただきたいと思います。
ジャッジしない生き方
自分にジャッジしないで生きるって難しいと感じます。
人は、自分の言動について良いか? 悪いか?好きか? 嫌いか?正しいか? 間違っているか?
の判断をして日々、過ごしています。
こうじゃなきゃ駄目!っていう自分の中の判断基準。
それは一見、社会の基準にのっとっているように見えて、自分の内の何かに影響を受けているのかもしれない。
自分の中の基準に沿うことは何より安心。
特に今までそれで困ったこともないし、皆と同じで間違いもなさそう。
それをしていれば、社会には適応しているしね。
でも、その基準って、本当に自分で決めた基準なのだろうか?
誰かに言われたり、勝手に空気を読んで学んできた基準だとしたら?
長い間に、自分で作り上げてきた基準は、案外、親や周囲から刷りこまれてきた事だったりする。
集団での暗黙のルール、道徳的な善悪の基準。
人には優しく親切に、人が嫌がることをしない、人に迷惑をかけない・・・などは、
時代や環境によっても曖昧になりやすい。
自分の基準から外れていると感じる人を目の当たりにした時に、強い怒りを感じる方は、
自らの意志でなく、他者からの教えを今でも忠実に守ろうとしているのかもしれませんね。
自分がしたいからするのであれば、何も人に同じことを求めなくても良いわけです。
また、自分の内の見たくないもの(悪、醜さ、冷たさ)を、無意識に相手に映し出してしまうということもあります。
どちらにしても、相手に怒りを感じる時点で、自分にジャッジしているんです。
だから相手にも〇か×かを出したくなるんですよね。
あなたの中の基準って何ですか?
あなたの価値観って?
それは、本当にあなたが大切にしたいと思っていることでしょうか?
価値観
年齢を重ねても若々しくて素敵な女性って、自分軸をもってる人だと最近気がついた。
時間は流れ、時代は変わる・・・
自分を取り巻く環境も、何より自分自身も気づかぬ内に変化している。
年齢を重ねて、体力や外観はそれなりに変化していくけれど、
生理的な変化は受け止めながら、自分と仲良く楽しんで生きること。
そのためには、今までの価値観なんて、案外周囲から取り込んだ、自分にしっくりこないものだったと気づくかもしれない。
むしろ、生きた経験と共に価値観は、変化していくのだと思う。
幾つになっても変化できる勇気、変化を楽しめる人って素敵です!
忘れっぽくなるのは、神様からの贈り物 過去に囚われ苦しくないように・・
体力が落ちるのは、先を考えすぎて何もしない前に、今やりなさい というメッセージ。
今を丁寧に生きるために、送られるプレゼントなのかもしれない。
変化しながら成長できる、可能性にワクワクしながら、素敵に日々を過ごして生きたいと思う私です。


