2023-09-28 16:59:00

わたしとあなたの距離

「ゲシュタルトの祈り」

 

わたしは、わたしの人生を生きる。

あなたは、あなたの人生を生きる。

わたしは、あなたの期待に応えるために、この世に生きているわけではない。

あなたも、わたしの期待に応えるために、この世に生きているわけではない。

わたしは、わたしです。

あなたは、あなたです

もし、偶然お互いが出逢えば、それは素晴らしい。

もし、出逢えなくても、それもまた良し。

                        

出典:守谷 京子 「初めて出逢う自己像」

 

ゲシュタルト療法の創始者である、フレデリックパールズのゲシュタルトの詩。

あなたは、どのような印象を受けるでしょうか?

 

 

私は当初、冷ややかで、淡々として、殺風景で、他者を寄せ付けない、何か寂しさのようなものを感じたりもしました。

いまは、その思いも残しつつ新たに、割り切った、こだわりのない思い切りの良さ、潔さ、肝の据わった力強さ、自由さを感じます。

 

 

人間関係で必ず現れる心理的な境界の問題。

私とあなたの距離を意識されたことがあるでしょうか。

 

 

自分と相手の安心な距離は違い、関係性によっても変わってきます。

親密な関係になりたい相手とは、距離を縮めたいと願い、互いに関係を深めていくでしょう。

特に恋愛は、わたしとあなたの境界が曖昧になりやすく、葛藤が起こりやすいかもしれません。

 

 

相手の予定や意見に合わせてしまう。

相手のことを全て把握していないと落ち着かない。

相手の意思を聞かず、自分の思う通りに先回りしてやってしまう。

相手の問題を自分が肩代わりする。

自分の欲求を伝えずに、相手を動かそうとする。

 

もともと持つ素質や、おかれた環境もあいまって、勝手に侵入する、侵入される。

それって、案外、日常に溢れているのではないでしょうか。

 

 

 

また、こんなこともあります。

侵入される感じがわからない。

逆に過敏に侵入されたと感じ、攻撃的(防衛)になる。

 

 

そもそも私という器が育たないと、人との距離、境界は曖昧となります。

 

器が育つことで、はじめて、わたしを体験することができるので、

その時々に他者との距離は自分で決められるようになります。

 

忖度の言葉に表されるように、相手の気持ちを推し量る、相手の立場になって考えるなど、

他者に合わせることが当たり前とされることで、境界は曖昧となりやすいでしょう。

わたしに出合う機会を遠ざけられてきたといえるかもしれません。

 

 

他者との関係を築くには、結局、相手に尋ねていく、対話を続けることでしか、

相手の真意はわからないし、そもそも本当に理解しあうことはできないのかもしれません。

 

 

それでも、人は誰かに何かに出会いたい。

そのために、まず自分と出合う時が必ずやってくるのでしょう。

 

 

他者との違いを感じることは、普通に起こります。

それを感じた時、自分の内に何が起こるのか?興味や好奇心、関心を持って、見つけていくのです。

 

 

わたしに出合う。

あなたもあなたに出合う。

真の出会いは、そこから起こるのです。

 

 

そんな厄介で面倒で複雑で、実はシンプルな世界を、楽しく美しく素晴らしいものに変えていくことは、

人に生まれた醍醐味でしょう。

 

 

パールズの詩は、そんな力強いメッセージのように感じます。

 

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