2019-08-30 11:05:00

こそだて

子育ては自分育て、と言われるけれど、

言い方を変えれば、

子どもを通して自分を知る、ことだと感じる。

 

 

知るとは、

自分に起こる感情や思いや記憶などに気づくことでもある。

 

子どもといて、どんな時に、どんな感情が湧いてくるのか?

そして、それをジャッジしてはいないだろうか?

 

 

良い悪いは、他者との比較によって起こりやすい。

その他大勢の子どもの中で、違い、という形で現れるもの。

 

 

幼少期の心身の発達や、皆と同じ行動ができないとか。

言葉を借りれば、発達障害だとか、不登校だとか・・

一般的な状態でない?ことについて、親は心配になる。

 

 

この子に何が起こっているのか?

寄り添って何とかしてあげたいと思う反面、

どうして、この子はこうなのだろう?

と異質な者として見てしまう、そんな時もあるだろう。

 

私の育て方のせいなのか、環境のせいなのか・・・

頭の中で、ああだろうか?こうだろうか?と原因探しを始めてしまうことだってあるだろう。

 

それは、子どもと自分が一体化している状態ともいえる。

 

それに気づけたら、困っているのは一体誰なのか?

子どもと自分を分けることが必要となる。

 

 

違和感、苦しさ、怒り、悲しみ

子どもを通して、自分に起こる思いや感情に気づくこと。

 

それは、辛いものに触れることになるかもしれない。

あなたの中に、ずっとあった未解決なものに触れてくる体験かもしれないからだ。

 

 

個人的にカウンセリングを受けながら、

同じような悩みを持つ者と共にいる場に身を置くことで、

子どもに対して自分に起こっていた囚われや、縛りがゆっくりほどけていくこともある。

それによって、子どもに寄り添う余裕も生まれてくる。

 

 

子育てに、もともと成功も失敗もないはず。

「人を育てる」ことが、評価されてしまう世の中では安心は得られない。

親の孤立をますます仰いでしまうだろう。



誰しもが自分を知るには、映し返すものが必要。

人が変化していくには、他者が必要なのだから。

 

 

私と子ども。

最も近い存在だけれど、私ではない者。

違うからこそ、理解したいと思う者。

 

相手を変えることなく、自分も刻まないで・・・

 

 

近ければ近いほど生まれてくる違和感。

それを丁寧に観ていくことで、次第に関係は変化していくだろう。

 

こそだて