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さよなら そして
自分が感じるまま思うまま、したいように行動することに抵抗を覚える人は多い。
こんなことするなんて、自分のわがままではないか?
今まで手にしてきたものが、失われてしまうのではないか?
世間一般から外れてしまうのではないか?など
何が正しいか?と考える時点で、自分を守ろうとする反応が起きているのだろう。
自分の基準?に沿うことは何より安心。
特に今まで困ったことはない。
皆と同じで間違いもなさそうだし、何とか社会に適応もしているし、まあ承認されていると感じるから。
しかし、時々やってくるこの思いは何だろう?
時に浮上するその思いを感じつつ、
慌ただしい日々にいつしか疑問は消えていく。
目には見えず、根拠もない未知なものに進む生き方は、綱渡りのような危険と勇気を必要とする。
しかし、先行きの見えない時代を生きている私達には、安全や安心が保障されているわけでもない。
ましてや、明日も同じように生きれるとは限らない。
自分の外に原因や責任を求めても、苦しみは終わらない事に気づけたなら、
証拠や基準を、外に求めることを止めてみるといい。
人は、本当の自分の欲求を知り、それを信頼することを怖がるけれど、
答えは自分の内にあって、何よりそれが一番正しいことを、本当は知っているのだと思う。
それに近づく過程を、孤独な作業にする必要はない。
あなたの思いや感情を加工することを求められる場ではなく、
そのまま、ありのまま、あなたでいることを許される場で、疑問はとけていくのだ。
