ブログ

2019-02-03 17:19:00

怒り

思春期の子ども達は、親に「心配をかけたくない」「迷惑をかけたくない」それなりに気を使っているようです。

その中には、気をまわしすぎていると感じる子どもが少なからずいました。

 

1人で何とかするから大丈夫。

これ以上、親には迷惑をかけたくない、という言葉が保健室でも多く聞かれました。

自立と依存の狭間にある時期、特有の課題ともいえるのかもしれません。

 

ただそこに「ありのままの私ではいけないのだ」という思いが見え隠れすることがあります。

 

○○ができない自分はダメな子

悪いのは自分

 

ありのままの自分を認めてもらえることで得られる、安心感を持っている子どもが少ないように感じます。

 

 

子どもが、生きるためには親や大人からの世話や愛情が必要です。

とはいえ、その過程では、自分の要求が全て通らない事は当たり前にあります。

親や周囲が子どもの感情や気持ちに寄り添うことで、次第に折り合いをつける力が育っていきます。

 

問題になるのは、

子どもらしい、ふるまいをすることを禁止される、

甘えたい時に甘える事が許されない、

泣いたり怒ったりの感情を表出することを禁止(抑え込まれる)される等、

自己の存在の否定につながるような、満たされない経験が継続する環境です。

 

その満たされない思いは、心の奥に、ひっそりとしまいこまれます。

 

何故なら、親に愛されないと感じることは、小さな子どもにとっては、

生命の存続に関わる危険な状態であり、恐怖でもあるからです。

 

そこで、子どもは恐怖を感じないために、感情を切り離し、自分に原因があるのだ自分が悪いのだと考えるようになります。

そこには、ひとりではとても抱えきれない不安や悲しみ、惨めさ、寂しさ、無力感、孤独感などが眠っています。

 

 

恐怖を感じないようにして、安全に生きるための環境を作るためには、自分を悪者にする方が簡単だったのです。

何とも切ない方法と感じますが、実は、身体に備わる生き残るための戦略でもあるのです。

 

 

さて、大人になっても無意識(身体)にしまいこまれた恐れが、人間関係の問題として現れてくることがあります。

親と似たような深い愛着対象(恋人や夫、子どもなど)ができると、抑えこまれていた、この部分が浮上してくることがあります。

 

 

私は・・・・

愛されていないのではないか?

見離されてしまうのではないか?

嫌われてしまうのではないか?

 

 

過去の恐怖を感じる出来事が再現されることで現れる怒り。

それは、相手に対する攻撃性、自分に対する攻撃性です。

 

 

「怒り」の感情は、自分を守るために現れる防衛反応です。

怒りの奥に隠された記憶、思い、気持ちに繋がるためには、まず安心な感覚を内に育てる練習が必要になります。

 

 

KIZASHIでは、怒りを入り口に、身体に働きかけるセラピーによってトラウマを安全に開放していきます。

それによって、嫌っていた怒りの感情とも上手に付き合うことができるようになっていくことでしょう。

 

怒り