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誰が×つけてるの?
自分の感情や思いを、否定してしまうって何だろう?
×をつける、ダメだしをするって、自分へのいじめなのに・・・
わざわざ×をつけるって?
自分いじめは、こうでなきゃ!とか、こういうものだ!
という「正しさ」に反応している。
過去の辛い経験や、うすうす感じている自分の嫌な部分に反応しているようだ。
過去、自分に×(罰)を与えることで、誰かを守ってきた経験があったのかもしれない。
(結局、それは、自分を守るためにしてきたことなのだけれど)
気づきが深まってくると、
嫌な自分を感じることさえも許せない、自分がいることに気づくことがある。
このダブルいじめの罠にはまるのは、相当に辛い。
こんな自分だから愛されないのだ、だから上手くいかないのだ、等と思って、
今まで何とか治そうと、頑張ってきたこともあったかもしれない。
嫌な感情や記憶や感覚は、普段、見て見ぬふりされているようにできている。
(生きていくために、もともと備わった機能)
だから、気づきが進むということは、けして良い気持ちをもたらすだけではない。
今までの方法や思考にとどまることが、何より安心というのは当たり前のことなのだ。
でも、嫌な感情や思いや感覚が表れてきたとき、
それは、もっと私を見て!ってサインなのだと思う。
どういう時に、どんな感情が湧き、どのような価値観から、その感情が引き起こされるのか?
自分に起こることを、ほんの少しでも認めてやること。
認めるまでいかなくても、それと少し一緒にいることを試してみること。
意識は繋がっているから、嫌な部分に光が当たる(意識する)ことで、
一方通行だった流れが変化し、交流し始めることで循環していく。
気づきが進んで、交流ができると、繋がりは自然に起こってくる。
今まで、ばらばらだった気持が、交流することによって訪れる安堵感。
それは、あるがままの自分と共に在ることの一体感がもたらす、心の平和ともいえる。