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映画や、ドラマや小説。
時間を空け見返してみると、以前とは違う思いや感じを持つことがある。
当時は、気にも留めなかったこと、よくわからなかったこと、感じ方の違い。
色々な視点から見れるようになったことで、新たな魅力や閃きが生まれる。
例えば、一見、他者との深い関係を切に望んでいるようにみえて、実は相手を受け入れることができないキャラクター。
相手との関係性が深くなるほど、彼女は、受け入れてしまうと厄介になるとどこかで感じている。
それは、怖さや煩わしさや諦めや落胆のようなもの。
親密さを求めながらも、距離が縮まると起こる落ち着かない感じや窮屈さ。
一緒に居ることを望みながら、逃げなければ、避けたい・・・が同時に起こっている感じ。
次第に彼女は、関係性において起こる自分の内にあるものに気づいていく。
相手に、気に入られようとする気持ちが強く、いい人を装い無理をしてしまうこと。
争いを避け、この場を穏便に納めなくてはという思いから、望まない役割を引き受けたり断ることが出来ないこと。
批判されたり、拒否、無視される怖さから、自分のしてほしいことを伝えることができなかったり。
そのうちに、一体、自分の要求が何であるのかも分からなくなったり。
更には、相手の欠点や不甲斐なさに不満を持っていたと思っていたのに、
実は、自分が相手を見くびることで自尊心を保っていたことに気づいたり。
相手の問題を自分の問題と混同し、相手を力のないものとすることで、自分の力や価値を見出したり。
独占欲や支配欲、相手をコントロールしたい欲求など、出来れば知りたくなかった内なる影を知ることになる。
彼女は、ずっと誰かを求めながら、本当は、閉じたい、closedしたい。
休憩中!休業中!終了!って看板を立てたい、
他者と無理に関わらず、繭に包まれた安全なシェルターでしばらく過ごしてみたい。
そんな正反対の気持ちを持っている。
それは、他者と自分の境界や結界を意識できる練習ともいえる。
イメージで身体を膜で包み、血液の逆流を防ぐ心臓の弁のようにしっかりと閉じるように、
守られた安全な空間を確保して、エネルギーを貯めていく時間。
シェルターの外には、変わらずの日常がある。
生活の音、身近な人の声、鳥の声、空の色、朝晩の温度の変化、雨の音、心地よいリズムや香り。
ひとりでいながらも、誰か何かの存在を感じ、自分の鼓動や体温を感じながら心地よい感覚を味わっていく。
そんな体の感じを掴みながら、他者との距離が近づくことで起こる変化を、行ったり来たりしながら、
安心な他者との距離を体感する時間。
それは、そのままの自分でいながら、少しだけ誰かと居てみる体験でもある。
誰かの期待に応えようとしなくてもいい。
変えることなく、治すこともないまま、いつの間にか変わっている。
安全な子宮の中で育ちながら、冒険に満ちたこの世に生まれ出る時が来るように、それは自然とやってくるのだ。
自分を避けることなく、共に居ることができるようになると、
何を受け入れ、何を受け入れないかを、自ら決めていけるようになる。
それは、わたしが育った証拠でもあり、新たな他者との出会いにも繋がっている。
