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2019/11/02

まとうもの

まとうもの

11月。

日中の気温差はあるけれど、今年は、例年より暖かい日が多い。

 

もともと、秋は短い上に、ここの所の気象の変化によって、

夏から冬に急激に移ってしまう感が強かったので、

今年は、この短い季節を個人的に楽しんでいる。

 

 

そう・・・

今年は、上着の出番がなかなかやってこない。

 

アウターを何気に羽織る時期にはない、

曖昧な気温を楽しむための、コーディネートを考えるのが個人的に好きだ。

 

 

ワードローブの中から、何と何を組み合わせようか?から始まり、

甘めの物を、辛口のものと組み合わせたり、

盛りすぎ!と感じたら、ちょっと引いてみたり。

逆に、物足りなさを感じたら、足してみるとか・・

色や、小物や、アクセサリーで、

何を、どこに盛ろうか?引こうか?

考えるのが結構楽しいのだ。

 

 

この時間は、自分の感覚が全て。

俗にいう自己満足、というものだろうけど、

この、ああでもない、こうでもないの繰り返しが楽しい。

 

 

バランス、調和、センスとか言われるもの。

洋服は、ただ、私の身体を包むものだけれど、

私を表現するものの1つだと最近、気づくようになった。

 

 

気負わず楽でいたい時、

ピリリ!と引き締めていきたい時、

女性として楽しみたい時、

活動的に過ごしたい時、

 

更に、1つのシチュエーションでなく、

「相反することを、どちらも楽しみたい時」。

子育てをしながら、女性としての自分も楽しむような欲張り感が欲しくなる。

 

型に、役割に、はまり込むことのない、

力の抜き加減や、楽しみ方が、ファッションには現れると感じる。

 

 

また、年齢を重ね身体の変化と共に、選ぶものは変化するだろう。

 

 

今まで、似合わないと敬遠していたものが、しっくりくる瞬間。

形や、丈、色合い、素材。

それは、今までと違う、新たな自分の発見でもある。

 

 

その日、その場、相手によって、

どんな自分でいたいか?

を演じるための一種、コスプレ的な1つのアイテムでもある時期は超えて、

 

 

私の内面から自然に溢れることが、

ファッションを通して現れてくる。

 

そんな素敵な関係でいられれば嬉しい。

2019/09/20

映し出す者

映し出す者

相手を知りたいと思う時は、まだ知らない(気づいていない)

自分を知る予感かもしれない。

 

 

相手を通して自分を知る。

 

苦手な人も、憧れの人も・・・

 

 

相手に映し出しているものは、

自分が抑えている認めたくないものだったり、

反面、

また発揮できていない魅力だったりもする。

 

 

他者に興味を持つことは、

自分に興味を持つことでもある。

 

 

愛の反対は無関心だ。と、マザーテレサは言ったけれど、

自分に起こっていることに、無関心を装うのは悲しい事だと思う。

 

 

私が繋がっていくこと。

 

その道のりは、けして平坦なものではない。

進んだり戻ったりを繰り返しながら、

いつの間にか楽になっている自分に気づいていく。

 

 

人間関係で繰り返してしまう癖のようなもの。

それは、相手が変わっても、また必ず出てきてしまう。

 

 

運命の人を捜しあてたところで、結局は一緒なのだと思う。

 

繰り返されることは、実は自分が繰り返しているのだから。

 

 

「気づいてほしい」「わかってほしい」

 

言えなかったこと、伝えられなかったこと。

それを言ったところで、無理だと諦めてしまったこと。

 

 

その思いは、ずっとずっと、心の奥にしまいこまれたまま、

表に出てくるのを待っている。

 

 

あの時、

私は何を言いたかったのだろう?

何を望んでいたのだろう?

何をしたかったのだろう?

 

怒りや、悲しみを引き起こす、その奥にあったもの。

そこに興味を持っていくこと。

 

触れられる機会がなかった代わりに、

感情や感覚を飲み込み、切り離して、

適応する技ばかりが磨かれてきたけれど、

それは、消えることなく今も残り続けている。

 

 

私を思い出していくこと。

それは、あなたが本来持つ力を取り戻すことでもあり、

愛を思い起こす尊い体験となっていくだろう。

2019/09/04

本能と創造力

本能と創造力

自分の変化に伴って、好ましいと感じる香りは変化するようです。

 

先日、以前から気になっていたショップへ行ってきました。

 

 

 

「あなたの鼻が主役のお店」

 

ストレートで刺激的な1文。

 

そうそう!!

 

香りを選ぶって、そういうことなの!

 

 

流行りだとか、万人受けするとか、

それはそれで良いし、それを求める時もあるけれど。

 

 

でも、どこかで、今までと違うもの。

今の、私にぴったりくる香りを求めたくなる時期がある。

 

それは、本当の自分に出会いたくなる感覚にも似ている。

 

表面的には、自分の精神状態や、おかれている環境、体調で香りが変化することもあるけれど、

本能を呼び起こすような香りに突然、出会ってしまうことだってある。

 

 

呼び起こされるもの

 

察知するもの

 

守るもの

 

拡がるもの

 

予感するもの

 

 

 

過去という記憶

 

未来という予知

 

そして、いま

 

 

自由に行き来できる秘薬ともいえる。

 

 

過去、私にとって香りは、癒しや力、演出としての位置にあったけれど、

そこにとどまらず、香りと融合する感覚の存在があることに驚きを与えてくれる。

 

香りが奏でる音、物語、色、温度のようなものと自分が一体化する。

 

 

どんな自分になりたいか?はもちろんのこと、

時には、

その香り、そのものになってしまいたい時。

そこには、日常を超えるという、スリリングな冒険の予感がある。

 

2019/08/30

こそだて

こそだて

子育ては自分育て、と言われるけれど、

言い方を変えれば、

子どもを通して自分を知る、ことだと感じる。

 

 

知るとは、

自分に起こる感情や思いや記憶などに気づくことでもある。

 

子どもといて、どんな時に、どんな感情が湧いてくるのか?

それを、ジャッジしている自分はいないだろうか?

 

 

良い悪いは、他者との比較によって起こりやすい。

その他大勢の子どもの中で、違い、という形で現れるもの。

 

うちの子、よその子、から見えてくること。

 

幼少期の心身の発達や、皆と同じ行動ができないとか。

言葉を借りれば、発達障碍だとか、不登校だとか・・

一般的な状態でない?ことについて、親は心配になる。

 

 

この子に何が起こっているのか?

寄り添って何とかしてあげたいと思う反面、

どうして、この子はこうなのだろう?

と異質な者として見てしまう、そんな時もあるだろう。

 

私の育て方のせいなのか、環境のせいなのか・・・

頭の中で、ああだろうか?こうだろうか?と原因探しを始めてしまうことだってあるだろう。

 

それは、子どもと自分が一体化している状態ともいえる。

 

 困っているのは一体誰なのか?

どんなことに困りごとを抱えているのか?

子どもに起こっていることと、自分に起こっていることを分けることが大切になる。

 

 

違和感、苦しさ、怒り、悲しみ

子どもを通して、自分に起こることに気づくこと。

 

それは、辛いものに触れることになるかもしれない。

私の中に、ずっとあった未解決なものに触れてくる体験かもしれないからだ。

 

それでも、1人ではわからなかったこと。気づかなかったこと。

それと少しづつ一緒にいられるようになれる時、

同じような仲間と共にいる場があることで

初めて、子どもに寄り添うことができるのだと思う。

 

 

子育てに、もともと成功も失敗もないはず。

「人を育てる」ことが、評価されてしまう世の中では安心は得られない。

親の孤立をますます仰いでしまうだろう。



自分を知るには、映し返すものが必要。

人が変化していくには、他者が必要なのだから。

 

 

自己の分身??

日々の生活を共にする者?

守るべき者?

愛する者?

 

 

私と子ども。

最も近い存在だけれど、私ではない者。

違うからこそ、理解したいと思う者。

 

相手を変えることなく、自分も刻まないで・・・

 

 

近ければ近いほど生まれてくる違和感を大切に扱っていくことは、

子どもにとっても母にとっても、お腹の中にいた頃の、一体感を思い出していくことでもある。

2019/07/27

記憶

記憶

最近、

子どものころに読んでいた本の題名が、ふと浮かんだ。

 

1つ浮かぶと数冊、何となく題名を思い出し、無性に読みたくなった。

 

 

こんな時、現代は便利。

キーワードを入れて検索してみる。

 

すると・・・・・

 

あったあった!!

これこれ!!!!

 

早速、図書館で検索してみる。

 

読みたかった本は全てあって、予約もできた。

 

 

実際に本を、手に取ってみると、

長い歳月によって、痛みがかなり進んでいるものもあった。

 

 

変色し、ボロボロになったページを慎重にめくる。

数十年の時を経て、今ここで再会できたことに、

ひときわ嬉しさが増してくる。

 

 

 

初版発行年月日を見ると、不思議なことに大体、同じ頃だった。

その頃は、よく本を読んでいたことを思い出した。

 

 

本の内容は様々だけれど、いずれも、

学校や家庭を舞台に、ちょっとした事件をもとに、

登場人物である、友人、家族、先生、大人達との

人間関係を通して、主人公が変化し成長していくものだった。

 

 

大人にとっては、日常の些細な出来事。どこにでもありそうな。

でも、子どもにとっては、それが大事件であり、謎でもあり・・・

 

 

子どもの視点、子どもの世界にいながらも、

家庭と社会

私と他者

繰り広げられる当たり前の日常の中で、子どもながらに感じる迷いや葛藤。

そこを経て、成長していく姿に勇気をもらっていたのかもしれない。

 

 

 

本の中の子ども達は、当時の私に何を語りかけていたのだろう?

 

 

年季の入った古い本から、今、感じるもの。

あの頃の私。

 

 

子どもの私に帰ってみる。

あの頃、見ていたこと感じていたこと。

記憶を辿ってみる。

 

 

そこには、大人になってからは、感じることが鈍くなってしまった、

不思議なものに触れたくなる、好奇心や冒険心があった。

 

 

時間がたつのを忘れ、日が暮れるまで夢中になって遊んでいた、あの頃。

 

 

家に帰りたくなかった日、

そして、

お迎えが待ち遠しかった日。

 

 

 

全ては、もう思い出すことができないけれど、

大人になって随分経つ、今の私が、

読みかえす本から感じた、あの頃の私。

 

それは、愛おしさのようなもの。

 

思わず、声をかけたくなった。

 

 

大丈夫だよ。

あなたは、そのままでいいよ。

心配いらないからね。

 

 

子どもの私が、しっかり私を見て、頷いた気がした。

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